ある芸人は言う。
「M-1はお祭りではない、戦だ。誰が一番強いのか。魂と魂のぶつかり合い」
M-1グランプリは他のお笑いの賞レースとは違う。まったく仕事のなかった芸人が一夜にしてスターへの階段を駆け上がることのできる、まさにアメリカンドリーム。芸人達は、たった4分間に人生を懸けて挑む。お笑い番組ではない、芸人達のドキュメンタリーなのである。
そのことをお客さんもわかっている。笑いにきているだけではない。審査員同様、お客さんも審査しにきている。そしてどの芸人がスター街道を駆け上がるのかを刮目しにきているのだ。
よく審査員が「今年やった仕事の中で一番緊張している」とコメントしているが、審査員も緊張するのが聖地M-1グランプリなのだ。
その緊迫した空気感は、もちろんお客さんにも伝わってしまい、会場の空気がなかなか温まらず、笑いづらい雰囲気で始まる。
それだけにトップバッターはスベる可能性が高く、不利と言われている。それを考慮して審査員は最初のコンビに何点か上乗せして審査している人もいるくらいだ。2005年のトップバッターを務めた笑い飯に、松本人志は5点サービスして付けていた。
さて、ここからが本題なのだが、元審査委員長・島田紳助はよく「誰が会場を爆発させるのか」という言葉を使っている。
2006年のM-1でこうコメントしていた。
「エネルギーがこのスタジオに溜まっている気配がする。誰がどこで爆発させるのか。みんな面白いんやけど、みんな爆発しきれてない。どっかでこの空気が変わって爆発するんでしょうね」
「笑いの爆発」を起こしたコンビが優勝する。おそらくそれは間違いないだろう。
しかし、この「笑いの爆発」とはいったい何なのか。会場の空気が温まっていない緊迫した状態から、どうしたらこの「笑いの爆発」が起きるのか。
「笑いの爆発」の正体らしきものを掴んだので、一M-1ファンとしてぜひ読者の皆様と共有したい。
ただ、そのためにはまず「ネットワーク理論」について順を追って説明する必要があり、聞きなれない言葉でかつ少し長くなってしまったのですが、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
1.ネットワークの性質「三次の影響のルール」
ネットワークにはいくつかの性質があり、そのうち4つ紹介する。
ネットワーク理論で広く知られているのが、「六次の隔たり」だろう。6人介せば、世界中の誰とでもつながれるという仮説だ。例えばオバマとつながるためには、平均6人たどっていけば、誰でもオバマと知り合うことができるということだ。
一方で、一般的に知られていないのが「三次の影響のルール」
これは、「友人の友人の友人が私たちに影響を及ぼす」ということだ。
ある研究によれば、直接つながっている人(一次の隔たりにある人)が幸福だと、本人も約15%幸福になるという。しかし、幸福の広がりはそこでは止まらない。
二次の隔たりのある人(友人の友人)に対する幸福の効果は約10%、三次の隔たりのある人(友人の友人の友人)に対する効果は約6%あるそうだ。この幸福の影響は、四次の隔たりまでいくと消滅する。
つまり、友人の友人の友人の体重が増えると、自分の体重も増える。友人の友人の友人がタバコをやめると、自分もタバコをやめる可能性があるということだ。
例えば、今はまっている好きな歌手を思い浮かべてほしい。個人的な話になるが、高橋優の「福笑い」にはまっている。今まさに聞いているくらいだ。
ちょっと前に、地元の友人Aに高橋優の「明日はきっといい日になる」が名曲だからと言われ、聞くようになった。それから過去の曲である「福笑い」を聞き、はまった。その後、僕はよく飲みに行く友人Bにオススメし聞いてもらった。
友人Aから見た今の状況を整理するとこうなる。
関西の友人A→森井(一次の隔たり)→東京の友人B(友人の友人=二次の隔たり)
友人Bが誰かに薦めたかは聞いていないので知らないが、少なくとも現在の時点で、友人Aのオススメは友人の友人まで影響を及ぼしたことになる。しかも、地元兵庫から東京という地域差を飛び越えてである。
このように僕たちは実は出会ったことのないような人からも影響を受けているのだ。
2.カンニングは伝染する
このようにネットワークを通じて、幸福や肥満を始め、細菌、お金、暴力、ファッション等は、伝染していくのである。
このネットワークの性質の一つ「伝染」の悪い例は、思春期に学校で経験したことがある人が多いのではないだろうか。
高校入学当初、真面目だった人が、急に不良になるという現象を目撃したことがあるはずだ。
これは何も思春期だからそうなったとは片付けられない。その子の周りのネットワークがそうさせた影響が大きいのだ。ネットワークを通じて、負が伝わっていってしまった結果なのである。
「類は友を呼ぶ」とは言うが、似た人を引き寄せることももちろんあるが、それと同じく「意識」すら伝染するので、一緒にいることで似たような人間になっていく。
長年連れ添った夫婦が似てくるとはそういうことだ。お互いがお互いに影響し合っているから似てくるのである。
「学生がカンニングを目撃すると、みずからもカンニングを始めた。またカンニングする者に学生がつながりを感じている場合、カンニング行為はさらに増加した」という恐ろしい実験結果も出ているほどだ。
このようにマイナスな影響も含め、様々なものがネットワークを通じて伝染する。
3.笑いも伝染し、そして「同調性」を高める
人の行動の大部分は、ネットワークから影響を受けた上で成り立っている。そしてそれらはさざ波のように広がる。
上記で見てきたように、「感情」も伝染する。感情が伝染するということは、もちろん「笑い」も伝染するのである。
なんと1962年、タンザニアのある学校で笑いの伝染で起こった。159人の生徒のうち95人が感染し、笑いがとまらなくなり、学校は閉鎖に追い込まれるという異様な出来事が起こったくらいだ。
身近な例だとTVの「誘い笑い」を思い出してほしい。ディレクターが「ここは笑うところですよ」と編集で誘い笑いを入れることによって、視聴者に「笑い」を伝染させようとしている。
特にこの「笑い」という性質は特殊で、伝染する(笑いが共有される)と、人々の交流は同調性が増し、一体感を生み出すのである。
被験者にあらかじめお金を持たせておき、それを別の人に分けさせるという実験がケント大学で行われた。普通なら赤の他人よりも、自分の友達に多くのお金を提供するのだが、コメディビデオを一緒に見て大笑いをした後、実験を行うと違いが無くなったのである。
笑いには他人を友人に変える力があるのだ。
4.ネットワークそれ自身が命を持つ
最後に、「ネットワークそれ自身が命を持つ」という話で、ネットワーク理論の説明は終わりにしたい。(ここまで読んでくださってありがとうございます!)
その分かりやすい例が、スポーツイベントで見られるウェーブだ。観客が次々に立ち上がっては腕を上げ、すばやく着席する。
一度動き始めたウェーブは、スポーツイベントで「超個体」(複数の個体から形成されながら、一つの個体であるかのように機能する集団)と化し、それ自身が命を持ち始め、個人がやめようと思ってもとまらない。
このウェーブは、誰かが指揮を取っているわけではなく、ウェーブ自身が命を持ってしまっているのである。
■「笑いの爆発」の正体とは
ここまで書いてきたことを簡単にまとめるとこうなる。
- 人は三次の隔たり、つまり友人の友人の友人まで影響を及ぼす。
- 意識、犯罪、肥満、幸福など様々なものがネットワークを通じて伝染する。
- 笑いは共有されると、人々の交流は同調性が増し、一体感を生み出す。
- ネットワークそれ自身が命を持つ。
長々と書いてきたが、話をM-1グランプリと「笑いの爆発」に戻すことにしよう。
審査員が満場一致で完全優勝を果たした2006年のチュートリアルの「チリンチリン」のネタ(個人的に一番好きなネタ)を見ていただければわかるが、「ゆきずりの女と寝たよ」で会場全体が笑いの渦に包まれ、大きな笑いが起きている。
(上に貼ってあるYouTubeはM-1グランプリの時のものではないので、「ゆきずりの女と寝たよ」は出てこないので申し訳ないです。ちなみにどのネタも、他の番組で見るよりM-1の方が圧倒的に面白い。4分という短い時間の中に、無駄な言葉は一切なく、セリフが極限まで研ぎ澄まされているからだ。DVDの方が面白いので、ぜひDVDで見てほしい)
チュートリアルが繰り出すボケとツッコミでできた笑いによって、一人また一人と笑う人が増え、笑いが隣の人の笑いを伝染させる。笑いによって生まれた連帯感によって、観客同士がつながり合い、緊張感がなくなり、同調性が増す。それによって会場が一つの「超個体」と化すのである。
小さな雪玉が転がって大きくなっていくように、始めは小さかった笑い声も、ネタを進めていくうちに徐々に大きくなり、審査員はもちろんお客さんも審査しているなんてことは忘れ去り、一観客として、そして一お笑いファンとして、目の前の芸人に没頭し、夢中となり、気づいたら大爆笑させられている。もっと笑わせてくれ、もっと笑わせてくれ!と。
その瞬間、「笑いの爆発」が生まれる。
ここまでくるともう個人ではどうすることもできない。
大きなウェーブの動きが自分達にはどうすることもできないように、会場にいる観客達はどうすることもできない。
笑いが伝染し、会場全体の一体感が増し、その結果生まれた「超個体として意志を持った会場」が笑うと、大きな爆発のような笑いが起きるのである。
これが島田紳助の言う「笑いの爆発」の正体だ。
※簡単に図式にするとこうなる
■緊張感のある会場→笑う→伝染する→一体感、同調性が高まる→緊張感が無くなる→誰かが笑えばまた誰かが笑う→会場は一つの超個体と化す(笑いが少ないとここまで辿り着かない)→超個体が笑う=笑いの爆発(会場全体がつながり合った超個体が笑うこと)
■M-1はお祭りではない。戦だ。
M-1グランプリ 2016
アキナ
カミナリ
相席スタート
銀シャリ
スリムクラブ
ハライチ
スーパーマラドーナ
さらば青春の光
敗者復活戦勝者
果たしてこの中から「笑いの爆発」を起こし優勝するのはどのコンビなのだろうか。それとも、元審査委員長・島田紳助の無き今、盛り上がりに欠けたまま終わるのだろうか。
その結果はぜひ自分の目でしかと確かめていただきたい。
たった4分で人生が変わる。ただその4分のために、人生を懸けてきた漫才師達の闘いが今始まろうとしている。
「ただ証明したい。俺たちが一番面白いと」
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