人はどのタイミングで精神的に大人になるのかなぁと考えていたら、
一番まともで面白味のない答えとして20歳の誕生日や社会人になったらとかが挙げられると思うけど、
そのうちの一つに「美容院で髪を切る」というタイミングがあると思う。
美容院が「少女を大人の女性に」「少年を男に」変える。
美容院は、子どもが大人になるための通過儀礼であり、大人になるための儀式みたいなものだ。
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中学3年の修学旅行前日。
家から一番近いという理由だけで通っていたそのへんにある床屋を卒業し、初めて美容院に行った。
この前まで野球部で坊主だった僕が美容院だなんてと恥ずかしくて、誰にも会わないよう学校からちょっと遠い美容院へ行った。
初めての美容院は、透明の窓ガラスのため外から店内が丸見えで、学校から遠くのお店を選んで本当に良かったと思った。
そして何もかも床屋とは違う。
美容院では、ラジオから聞こえてくるよくわからない民謡は流れないし、理容師さんとお客のおじさんから最近の若者はこれだから論を聞かされることもない。
一番の違いは、髪を切られた後だった。
美容師さんに「wax付ける?」と聞かれた。
waxなんて一度も付けたことなかっただけに、ほんとは付けて欲しかったけど、なんだか少し恥ずかしくて断ってしまった。
だから「美容師さんよ、頼むから食い下がってくれ」と、心の中で強く願った。
心の声が伝わったのか、「えー、なんで?付けたほうがかっこいいやん」と言われ、
あたかも美容師さんがそこまで言うのならしょうがないなぁという感じで、初めてwaxを付けてもらった。
整えられた髪は、いつもより少し悪そうで、いつもより少しかっこよかった。
なんだか少しだけ大人に近づいた気がして、美容院からの帰り、堂々と自転車を立ち漕ぎをし、でも誰かに見られて「あいつwax付けて、調子乗っている!」なんて言われたら嫌だったので、急いで家に帰った。
「不良だ」
と家に帰って鏡の前でそう思った。
夏休み明けに茶髪になって登校してくるやつに実はちょっとだけ憧れていて、でもそんな勇気はなかっただけに嬉しかった。
その日、少年だった僕は、大人の男に一歩近づいた気がした。
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それから高校にあがり、大人への通過儀礼は激しさを増す。
クラスの仲良し3人組で、神戸のおしゃれな美容院に行った。
(修学旅行で東京へ行ったときに、東京にしかない有名な美容院に行こうとしたこともあった。さすがに自由行動で髪切ったら笑われると思ってやめたが)
「思春期に少年から大人に変わる~」なんて歌詞があるが、少年の自分を変えてくれる場所が美容院だった。
美容院には「こんな髪型にしてください!」と雑誌の切り抜きを持っていった。「かしこまりました」と美容師さんは答える。
髪を切り終わり、雑誌の切り抜きと全然似ていないことに絶望した。
美容師さんが「どうでしょう」と鏡を僕の頭に当てながら笑顔で言ってるところから、失敗したわけではなさそうだ。
その時、自分は切り抜きにうつっている読者モデルのようにイケメンではないことを悟った。
「あぁなんだ、あの切り抜きは髪型がかっこよかったわけではなくて、顔がいいだけなのか」
「大人の階段のぼる~」なんて歌詞があるが、大人への階段は痛みが伴うことをその時初めて知った。
その日の帰りの電車、背中に入った髪の毛が、ちくちくというよりヒリヒリと妙に痛んだのを覚えている。少し涙目になりながら帰路に着いた。
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大学から憧れの東京で一人暮らしを始めた。ついにずっと行きたかった東京のおしゃれな美容院に通うようになった。
そこで美容師・長崎さんという方と出会う。
大学3年の就職活動中だったとき、こんなことがあった。
僕が「来月の4月から面接なので、髪を短くフレッシュにしてください」と言ったら、こう言われた。
「本当にそれでいいんかな。森井くんの話や就活している姿を見ていて、フレッシュさを出すのは逆効果だと思う。何より森井くんが嫌っている周りと一緒になってしまう。
あえて重ためでいってはどうだろうか。そうすることによって安定感が生まれ、仕事ができる男という印象を作ることができる。そっちの髪型のほうがいいと思う」
自分以上に自分のことを考えてくれる人がどれだけいるか。
就職活動ではそれが成否を決める気がしていたのだが、まさか美容師さんにそんなことを言われると思っていなかったので感動した。
フレッシュさより、安定感のある仕事のできる男の髪型で臨んだ面接試験。そのおかげか無事に第一志望の企業から内定を貰うことができた。
信頼している美容師の長崎さんによって、最後の「大人への扉」を開いてもらった気がした。
少年から大人の男へ変わった瞬間だった。
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- 付け方がわからず、髪がwaxで白くなっているwax初心者。
- 高校の文化祭当日、いつもより2割増しでwaxを付けてくるリア充。
- アイロンを持ち歩くおしゃれに目覚めた男子。
- 連休明け、失敗した髪型でくるやつ。
- 天然パーマだった体育会系が、いきなりストパーになって現れたとき。
- 彼女が髪を切ったのを気づかず、「もー、私、髪切ったんですけど!」と怒られたとき。
- 切り抜きとは違った容姿になり、イケメンではないことを悟ったとき。
これらは全て子どもが大人になるための通過儀礼。いつもよりちょっと背伸びをした、大人になるための儀式みたいなものだ。
そういう経験を得て僕たちは大人になっていく。
世界は無数の大人になる前夜の子どもたちで溢れている。そこには期待と不安がひとつに入り交じっている。
美容院を通して「少女は大人の女性に」「少年は男に」変わっていくのである。
なんだか無性に美容院に行きたくなってきた。
ちなみに今、アンガールズの田中と同じ美容院に通っている。
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