「シネ」と言われたことがある。
中学生になったばかりの頃だ。
くらくらした。
中学に入学したばかりの僕たちはすぐに「自己紹介カード」なるものを書いた。
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名前
誕生日
趣味
特技
私の好きな◯◯
みんなに一言
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など、書き上げた後、教室の後ろに貼り出され、おのおの休み時間に見て回った。
そこで同じクラスの斎藤さんが【みんなに一言】の欄で、こんなことを書いていた。
「よろシネ」
おおお、と思う。
おそらく斎藤さんは「よろしくネ」と書きたかったのだろう。
それを書き間違えて「よろシネ」としてしまったことにはすぐに気が付いた。
奇しくも「シネ」の部分だけがカタカナになっていて、とても恐ろしかった。
「よろ」まですごく好意的なのに、次の二文字で「シネ」といきなり崖から突き落とされる。
しかもまだ12歳のいつも大人しい女の子に。
「よろシネ」
そのちぐはぐなギャップにくらくらした。
教室に貼り出された自己紹介カードの中で、斎藤さんのその一言だけが異様に光って見えた。
サークルの卒業式で、先輩の熊沢さんが「くまって〝根は悪いやつ〟だからな」と代表から言われていたのを急に思い出した。
「根は」とつくと、たいてい「いいやつ」なのに。
たいてい、というか、それ以外聞いたことがない。
「根は、悪いやつ」
恐ろしい。
〝よろシネ〟とか使いそうだ。
一回あげてから突き落とすやつ。
ちぐはぐなギャップでまた頭がくらくらする。
そういえば、大学生の頃、あのとき相手をくらくらさせてしまったなぁということがあった。
友達から「今日の夜、渋谷で飲まない?」と連絡がきた。
僕は「明日の朝早いから無理やわ」と送ったつもりが、打ち間違えてこう送ってしまっていた。
「明日の朝ハワイやから無理やわ」
「えっ!まじか、明日ハワイなのね!!急すぎ!!!てか必修の出欠取っておこうか?これ以上休んで大丈夫?」
〝さっきまで会っていた貧乏大学生が平日の火曜日にいきなりハワイ〟
この世界には、偶然生まれた、ちぐはぐなギャップでくらくらする繊細で美しい言葉であふれている。
T君、出欠の気遣いありがとう、ハワイのお土産買えなくてごめんね。
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過去にも何度か「言葉」について書いています。一つ目は懐かしのアメブロ……(笑) 日常で見逃されがちだけど、ちょっとでも「言葉」って面白いなぁということが伝わってもらえれば、すごくすごく嬉しいです。