片想いの子との初デートの日。事件は起こった。
集合場所へ向かう途中で異変に気づいた。
何かがいつもと違うと、家を出るときから直感で気づいていたのだが、それが何なのかすぐにはわからなかった。
家を出るときに靴紐が切れる、不吉な出来事の前触れ、そんなアニメに出てくるワンシーンのような感覚。
「痛っ…」
たぶん石ころを踏んだ。いやでもなんだろうこのダイレクトに足に伝わってくる感覚は。
そう、デート当日、僕の右靴の踵部分に穴が開いてしまった。
絶望した。
なんでこのタイミングで。よりにもよってずっと楽しみにしていた片想いの女の子とのデートの日に。
僕は考えた。このことを正直に彼女に話すべきかどうかを。
今日どこかいつもより心此処に在らずだったら、ごめん。すべては靴に穴が開いてしまったせいなんだ。今、俺の全神経は、右踵にある。
そうでもしないと、もし少し段差のあるところから飛び降りたときに、釘的なものが上向きで置いてあったら一大事だろ。
そのまま右足に突き刺さる。もはや突き刺さるというより、貫くといったほうがいいかもしれない。
いずれにせよリスクしかないのである。歩いて行動しているにも関わらず、右踵だけ守られていない。武器を持たずに戦場にいくようなものだ。
交通事故は、運転手より後ろに座っている人の方が危ないと聞く。運転手は事故の瞬間気を引き締めるが、後ろ座っている人は気づいたときにはすでに事故っていて、受け身を取れないからだ。
だからこそ、僕は靴に穴が開いた今、全神経は右踵に集中させているのだ。
そんなことを、彼女にどう伝えるかで迷った。
昔、付き合っていた彼女といるときに、「昨日徹夜したから、眠いわ~」と言ったら怒られたことがあった。
「あたしと一緒にいるのが、そんなに楽しくないのね」って。そんなつもりはなかったわけだけど、彼女の前で眠いとか言っちゃいけないことを学んだ。
次会ったとき、「今日、楽しみ過ぎて昨日寝れなかった。眠そうにしてたらごめんね」と言ったら、なんだか少し嬉しそうに笑っていた。
同じ「眠たい」を伝えるにも、伝え方一つで、伝わり方がこんなにも違うのかと衝撃を受けたことがあった。
だからこそ、右足の靴に穴が開いていた今、どう伝えるかでとにかく悩んだ。
_____
結局打ち明けられないまま、彼女と合流し、映画館へ向かうことになった。
その道中、彼女に「「言の葉の庭」観た?」と言われた。
ギクッとした。
僕は彼女に、これから観に行く予定の映画、「君の名は。」の映画監督である新海誠さんが好きだという話を前々からしていたからだ。
4年前に好き過ぎて自分で事務所にインタビューさせてもらえないかと電話し、実際に新海さんにインタビューさせてもらったことがあったという話もしていた。
それなのに「君の名は。」の前作である「言の葉の庭」を僕が観ていないわけがない。
「言の葉の庭」は靴を題材にした映画。
つまりだ。彼女はいつもと違う僕の異変に薄々気づき始めていたのかもしれない。
僕の靴の右踵に穴が開いてしまっているということを。
「「言の葉の庭」観た?」の返答次第では完全に勘づかれてしまうかもしれない。
「あれ、こいつ、もしかして右足の靴に穴開いてるんじゃね?」と。
そしてもしその疑惑が確信に変わるとき、彼女は僕を試してくるかもしれない。
わざと足場の悪いところでキャッチボールしようよと言ってくるかもしれない。
わざと財布を盗まれて、犯人を走って追いかけてくれるのか試してくるかもしれない。
はたまた2階からのダイブを強要されるかもしれない。(もちろん飛び降りた先は足場の悪いところで)
この男は付き合っても信頼における男なのか。
何かあったとき守ってくれるような男らしいやつなのか。
「右足と私、どっちが大事なの。」という質問に対して、右足を捨ててでもお前を取ると言ってくれるのかと。
この究極の二択を迫られた僕はしっかりと彼女を取ることができるのだろうか。
正直、自信がなかった。
ひったくり犯を捕まえるべく、走り出したはいいもののもしそこで釘的なものを踏んでしまったら。ひったくり犯は逃がすわ、捕まえてないのに怪我するわで、名誉の勲章どころではない。
その過程でもし右足を失うことになったら。
「タッチ」の達也が死んだ和也に向かって言った名シーン「きれいな顔してるだろ、死んでるんだぜ」ばりの「きれいな足してただろ、足ないんだぜ」なんて周りから言われたら、立ち直れない。
こんなリスクを背負うくらいなら、この一人の女の子を諦めた方がましなのかもしれない。
ひとまず冷静を装おうと思った。僕は深く深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
そんなことをしていると、「ねぇ、ちょっと!右足と右手一緒に出てるよー」と言われた。
いや漫画かよっ、とあわてながら「き、緊張してるからさ!」と言うと、「ふーん、女慣れしてると思ったけど、意外と可愛いとこあるんだね!」
なんて言うもんだから、あぁなんだ、まだ気づかれていない、気のせいかと平静に戻ることができた。
まだいける。まだばれてないぞ。
_____
そのまま映画館に入り、2時間あっという間に過ぎ去った。
しかし、右足の踵に穴が開いていると思うと、今は座っているから無事だが、歩き出した時、残酷すぎる未来が待っているかもしれないと思うと、まるで内容が入ってこず、2時間まるまるホラー映画を観ているような気分だった。
そのため「君の名は。」の上映が終わった時、主人公の瀧が、ヒロイン・三葉の体に入れ替わった時に、胸をやたらと揉んでいるシーンしか覚えていなかった。(このシーン4、5回出てくる)
瀧が三葉に向かって「お前が世界のどこにいても、必ず会いに行く!」なんてロマンチックなセリフを口にしているときに、僕の全神経は右踵にあったのだ。
(なんて情けないんだ……)
そう思った。
このままだと完全にデートを棒に振ってしまう。
_____
朝家を出る前に、この子のためだったらなんだってやる、この命捧げたって、と思っていたことを思い出した。
それなのに右踵のことで悩むことがバカらしくなってきた。
もうどうとでもなれ。
右足の一本や二本くれてやる。デートを棒に振るくらいなら、安いもんさ。(右足をかばって歩いたせいで左足はもう棒になっているけどな!)
映画館のエレベーターを降り、外に出たら正直に全部話すことにした。今日のこの葛藤を洗いざらい打ち明けて、謝ることにしよう。
右足の靴に穴が開いてしまったことを。
彼女ではなく右足を取ろうとしたことを。
全神経右踵にあったため、心此処にあらずだったことを。
そして可能であれば、可能であれば、好きだということを伝えよう。
僕は何かがふっきれたかのように清々しい気持ちで、靴に穴が開いている右足から力強く地面を蹴り、エレベーターに飛び乗った。
その瞬間である。
考え事で回りが見えていなかったこととエレベーターが満員だったこともあり、彼女の胸が僕の右腕に軽くあたってしまったである。
それからというもの、靴のことなんてすぐに忘れさり、僕の全神経は右腕に集中した。
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光葉のお父さんが最後説得された理由がここに。
新海さんは小説も面白い。