夜中、目が覚めると天井が光っていた。
正確には小さな光が点滅していた。
当時中学1年生の怖がりだった僕は、「(幽霊が) ついにでてしまった……」と震えた。
電気を付けさえすればこっちのもんだと、なんとか布団にくるまりながら、幽霊(のようなもの)にばれないように電気を付ける。
恐る恐る光っていた天井を見上げると、そこにはなんと一匹のホタルがとまっていた。
「なんだ、ホタルかよ」と心の底から安堵したと同時に、「なんでホタルおるん!?」と疑問に思う。
いちお言っておくと、実家は兵庫県の宝塚市にあり、ホタルが出てもおかしくないような田舎というわけではない。
その日はもう夜中だったのであまり深く考えず、ホタルを外に逃がして眠ることにした。
それから数年後。
家にホタルが入ってきたことも忘れてしまい、幽霊なんてまるで怖くなくなった頃、周りの住民の間で、夏にホタルが出ると話題になった。
そのときになってやっと「ホタル幽霊と見間違える事件」のことを思い出した。
あれは偶然誰かが逃がしたホタルが家に入ってきたわけではなく、家のすぐそばを流れるどぶにホタルが住んでいたことを知る。
夏に窓を開けていたらホタルが入ってくるとは。なんて風流で、粋なことをしてくれるじゃないか、ホタルよ。
しかし、これにはさすがに驚いた。
ホタルと言えば、田舎のキレイな川にしか住めないと聞いていたからだ。
それがあの家のそばに流れるどぶ川にいるなんて。
■夏の風物詩・ホタルと、男のロマン・カブト虫
相変わらずホタルが人気みたいだ。夏の風物詩といったところか。
ちょうど今年の7月、後輩の女の子が「今からホタル祭りに行くんですよ!」と言っていた。山形県庄内町からゲンジボタルが東京にやってきて、無料で鑑賞することができるそうだ。
都会に住む8割の子どもがホタルを見たことないという。
子どもの頃に見た幻想的な光を今の子どもたちにも見せてあげたいという理由からこのホタル祭りが開かれることになったみたいだ。
ホタルも良いが、子どもの頃、僕はカブトムシに魅了されていた。
あの大きな武器である角、黒光りした羽、そして何よりあの力強さ。男のロマンだ!
毎年夏になる山へカブトムシ採りに出掛けていた。特に角の大きいカブトムシを捕まえてはカゴに入れて四六時中見ていられた。
一方でせっかくカブトムシを見つけたのにメスだった時はすごくがっかりしたのを覚えている。
「なんでメスにはあのカッコいい角がないんだ」と子どもながらに思っていたのだが、メスに角がない理由とオスの角が大きい理由が、最近たまたま読んだ本に書かれていて興奮した。
■カブトムシが巨大な角を持つようになった理由
まずオスの角が大きい理由から簡単に。
角が短い個体と角が長い個体が生まれると、喧嘩の際に有利な角の長い個体が餌場を独占し、角が長い個体ばかりが生き残って、角の長い子孫が残る。
その結果カブトムシは巨大な角を持つようになったのである。
そして意外なことに、カブトムシはよっぽど力が拮抗していない限り、闘わない。
カブトムシのオス達は顔を合わせると相手の力量(角の大きさ)を瞬時に判断し、自分が劣っている場合は激しい闘いになる前に勝負を降りるのである。
これはカブトムシが、自ら傷つくリスクを最小限に抑え、勝ち目のない勝負を避けるように進化してきたからだと考えられている。
■メスに角がついていないワケ
次になぜメスには角がついていないのかについて。
雌雄で異なった姿形に進化することを、生物学の用語で「性選択」と呼ぶのだが、唯一決定的にオスとメスで根本的に異なる行動を取るのが、繁殖する相手を見つけるときだ。
自然界では、オスはメスに対して求愛行動をとったり、メスを巡ってオス同士が激しい争いをする。
一方で、メスはオスに対して気を引くような行動をしたり、オスの取り合いでメス同士が喧嘩をするようなことはない。
なので力を示す武器を大きく進化させる必要がメスにはなかったである。
ちなみに大きな角を持つカブトムシは、他の個体に比べて羽が小さい。これはカブトムシに限った話ではないが、生物の巨大な武器は「トレードオフ」の関係にある。
戦闘能力と引き換えに、高い視力、敏捷な飛行能力、嗅覚などを犠牲にしている。武器を作るためにもかなりの代償を払っているということだ。
例えば、牙が異常に長いサーベルタイガーはチーターのような跳躍力はない。そのため獲物を仕留めるときは草陰に隠れ、待ち伏せして一撃必殺を狙う。
わざわざそんな武器のコストを払ってまで、カブトムシのメスは角を進化させる必要がないので、オスみたいな立派な角がないのである。
■進化は今も身近なところで起きている
世界中の海でタラ、サケ、タイなどの魚が小さくなりつつある。漁網の網目より小さいと捕らえられないので、成長を止める魚たち。
牙が大きいものから密猟者に狩られるため、牙が小さくなり、また密漁の激しい地域では牙の持たなくなった象。
進化というとどこかすごく昔のことのようであったり、何百年かけて起こることのように感じられるが、実は今も僕たちの身近で起こっている。
おそらくあのとき部屋に入ってきたホタルは、何年かかけて汚い川でも生きられるように「進化を遂げた」のであろう。
ホタルが部屋に入ってきた背景に、粛々と進化の歯車が回っていたとはと、数年のときを経てやっと腑に落ちることができた。
ホタルとカブトムシ、子どもの頃の謎が二つも解けたことで、知的好奇心が満たされとても嬉しくなった。
しかし、そんなことを考えていたら、悲しいかな、ほとんど夏らしいことをせずに気づけば今年の夏が終わっていた。もう立派な秋だ。
来年の夏こそは、女の子とホタルを観に行こうと思う。
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